VR(バーチャルリアリティ)を使って、空間を疑似体験する試みは、建築業界でも進んできている。一方で、音を視聴する技術も映画やゲームなどを通じて発展してきた。今回、VRをプラットフォーム的に用いて、空間と音を同時に体験し、専門技術を持たない人でも簡単に設定を変えられるように進化してきた事例を、BIMコーディネーターから紹介する。これは、今後、温湿度や風、光など、より多くの要素を専門家以外の人たちと簡単に共有し、設計にフィードバックするような仕組みが出来つつあることを示唆している。(菊地 雪代/アラップ)

 設計作業のプロセスでは、プロジェクトの実現に携わる多様な分野の専門家が知見を持ち寄る。従来、それら専門家の専門性を飛躍的に高めるツールとして認識されてきたデジタル・デザインの諸手法は、近年では専門分野間をつなぐプラットフォームとしての新たな役割を担うようになった。その一例が、映画やゲームを通して広く親しまれているVR(virtual reality、仮想現実)だ。

 建築業界で関心が高まるVRの応用例としては、3Dモデルの「可視化」を想定している場合がほとんどだが、聞くための「可聴化」によっても没入型シミュレーションを体験できる。「可視化」と「可聴化」の実用を試みたアラップのプロジェクトや取り組みを紹介する。

ストーラーホール(2017年、英国)

ストーラーホール(写真:©Daniel Hopkinson)
ストーラーホール(写真:©Daniel Hopkinson)
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 英国、マンチェスターの中心部に位置するチータム音楽学校(Chetham's School of Music)は、子どものための高度な音楽教育で知られている。2017年4月、本校の新施設としてストーラーホール(The Stoller Hall)がオープニングを迎えた。アラップマンチェスター事務所は地元の設計事務所、stephenson STUDIOに協力し、ホールの音響コンサルティングを行った。

 このプロジェクトで重視されたのは、ワールドクラスの演奏やレコーディングに必要な優れた音響性能の実現であった。音像がくっきりと広がるよう、ステージ周りにはオーク材の拡散パネルを配置した。壁面の仕上げと、天井を覆う吸音ボードで低周波音をバランスよく吸収・拡散し、音がこもることを防いでいる。また、ホールの用途に合わせて壁面に音響バナーを吊るし、残響時間を調節できるよう設計した。

ホールの用途に合わせて音響バナーを操作する(写真:©Daniel Hopkinson)
ホールの用途に合わせて音響バナーを操作する(写真:©Daniel Hopkinson)
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